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 近年、じわじわと評価を上げてきているドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作。
 この監督、SF映画の古典的名作のひとつである「ブレードランナー」の続編を撮ることになっており、これまた今後が楽しみな監督さんである。

 本作は、アメリカ・メキシコ国境付近でうごめく麻薬組織の殲滅を狙って、警察や軍関係の色々な組織が合同で行う秘密軍事作戦を描いたもの。メキシコの麻薬組織と言えば、敵対する人々を見境なく、かつ残虐な方法で殺害するという、中南米でいま最も深刻化している大問題な連中である。映画においても、その残虐性の描写は容赦なく行われる。よってその手の映像が苦手な人は敬遠したほうが良かろう。

 もうだいぶ昔になるが、スティーブン・ソダーバーグ監督によって描かれた、本作と同じようにアメリカ・メキシコにまたがる麻薬問題を取り上げた映画「トラフィック」がある。トラフィックは3つの場所で3つの物語が同時進行する構成になっていたのだが、本作はその3つのうちメキシコ編を彷彿させるような感じである(地理的に同じような場所を描くので似るのも当然と言えば当然だが)。

 特に、全体的にざらざらした砂漠の雰囲気を醸し出す、黄色っぽい映像加工や、言葉の少ない緊迫したシーンが多いところなどは、トラフィックで感じた重苦しい緊迫感を思い出す。

 主役のひとりであるエミリー・ブラントの役柄は、誘拐事件を扱うFBI捜査官ケイトである。映画冒頭でケイトが扱う誘拐事件の黒幕がメキシコ麻薬カルテルだったこと、現場の経験が豊富であることなどから、秘密軍事作戦のメンバーに抜擢?される。

 メンバーのなかには、ジョシュ・ブローリン演じる国防総省の顧問マットや、ベニチオ・デル・トロ演じる謎のコロンビア人アレハンドロなどがいて、それぞれがそれぞれの思惑を持ちながら、謎めいた作戦を実行するために、半ば無法地帯と化したメキシコの都市フアレスに赴く。

 作戦が進むにつれて、様々な危険がケイトの周辺に降りかかるが、ケイトがメンバーに抜擢された理由、マットやアレハンドロの正体や本当の目的が徐々に明らかになっていく。

 さてこの映画、主役のひとりは書いたとおりケイトなのだが、どちらかというと彼女の立場は狂言回しである。常識的な正義感を持ち、女性が故に華奢な容姿のケイトは、作戦で行われる無法行為に憤るも、救いようのない暴力の連鎖に対して、右往左往し、正義と悪の混沌とした境界線上を葛藤する。このあたりが邦題を「ボーダーライン」とした理由なのだろう。

(原題のままでも良かったとは思うし、邦題に対する批判的な意見もあるようだが、この邦題もまあ味はあると思う)

 もう一人の主役であるアレハンドロ、こちらが実質の主役なのかな。まあ渋い演技とアクションの見せ場多数で、まさにこの俳優にしか出来ない役柄だろうね。どこか哀愁の漂う、乾いた緊迫感を醸し出すのが抜群に上手い。映像に行われている黄色がかった加工がこれほど似合う俳優も他に思いつかない。実際、トラフィックのメキシコ編にも刑事役で出演している。

 その他のキャストは割と無難な感じで、役柄もステレオタイプだったので省略するが、印象的だったのは、メキシコ側にいる警察官とその家族の描写。最後のシーンなんかは、前述したトラフィックのメキシコ編の最後の感じと似ていて、後にかなり重たく悲しい余韻が残る。この監督、ぜったいトラフィックをリスペクトしてるよね。

 あと他は、移動中のメキシコの自然や、夕刻に遠くからみるフアレスの街並みなど、魅入ってしまう印象的な映像が多数ある。美しいのだが、同時に絶望感があるという感じ。音楽も緊迫感があってよろしい。

 という風に、とにかく映画全編に渡って、暴力と緊迫と葛藤のオンパレードなので、ストーリー的には、文中で何かにつけ引き合いに出したトラフィックと比べても単純でダレやすい内容だとは思うのだが、冒頭の緊迫感を保ったまま一気に観ることができる。

 まあしかし映画の核心でありネタバレなので書かないが、時代は繰り返すというのと、アメリカってほんとに毒をもって毒を制すっていう、暴力の連鎖に自らハマっていく国なんだなあと。