「中毒性」ある受託開発がソフトウェアベンチャーの躍進を阻む大迫正治 REPEDANT BLOG 2007年6月7日)

 創業期は受託開発で糊口をしのぎ、徐々に自社製品の研究開発に資金を回して、いつかは自社ブランドで世界を席巻する、というストーリーは巷にあふれるが、これは結局のところローリスクでスタートしながらハイリターンを得ようとする野望であり、実現へのハードルは低くない。その理由は、中毒性のある受託開発と、ソフトウェア産業の悲惨この上ない「重層下請け構造」にある。
1.受託開発では「技術」が蓄積しない
(中略)
2.受託開発では「人材」が蓄積しない
(中略)
3.受託開発では「資金」が蓄積しない
(中略)
自社開発と受託、あるいは派遣も含めた形態の違いに原因があるのか、産業構造と契約形態のどちらに原因があるのか、など、多くは検証が不十分ですが、記事の意図としては、過酷なソフトウェア業界に対する問題意識を持ち続けたいというものです。

 コメントが寄せられているように、受託っていっても実際は下層は派遣形態になったりしているので、単純に「受託が」と言いきるにはあまりにも複雑な状況なんだけど、引用元で述べられているような「ないないづくし」の袋小路に陥っていることは認めざるを得ない。

 どうも、むかしの、人さえいれば儲かった時代に立ち上げた会社ほど、ここでいう「重層下請け構造」にがっちり組み込まれていることが多い。
 ベンチャーはそういうシガラミの外で頑張ってほしいものだけど、何しろこの日本、そうしたベンチャーのソフトウェア開発に対する資金の出し手が壊滅的にいないのが実態のようだ。
 (出資に値する内容かどうかを見極められる人材がいない、とどこかの誰かが言っていた)

 日本ではお金が「重層下請け構造」のなかに流れていって、外にはあまり漏れてこない。だから、ベンチャーが比較的容易に仕事をとるには、この構造にアプローチせざるを得ない状況であることが、問題なんだろうね。

 お金の流れを「重層下請け構造」の外側に変えることは、当分できそうもない気がする。誰のせいとは言わないが、ITベンチャーに対する世間の見る目は冷たいし、投資ノウハウと人材が蓄積されているとも感じられない。最後のつてである公共投資も、惨澹たる状況しか聞こえてこない。
 そうなると「重層下請け構造」自体を、引用元で言われているような「ソフトウェアベンチャーの躍進」が可能な状態に変革させるしかない。



 では、「重層下請け構造」自体を変革させるにはどうすれば?まず、構造の中にいる人には、無理でしょう。
 ソフトウェア産業というのは自社の資産がないレバレッジ経営であることが多いので、この「重層下請け構造」利権だけが「無形の資産」といってもよい。その構造から外れることは「死」を意味する。

 国内での自浄が無理なら、過去の日本のように「黒船」待望論か?それも無理っぽい。
 となりに中国という巨大市場が出現するなか、わざわざ中途半端な規模で、かつ提供者側も消費者側も群雄割拠の、難易度の高い日本市場は海外からは「実験場」とはみなされても、「収益源」とはみなされないような気がする。

 じゃあ、座して死を待つ状況か?イエス。ムリ・ムダ・ムラを生じた構造自体は、やがて自重に耐え切れず、崩壊する。

 しかしそのとき、技術者達が路頭に迷い「屍の山」が築かれるか?ノー。仕事自体はなくならない。
 むしろ世間で叫ばれているように技術者自体は、笑っちゃうくらい足りていない。

 何が崩壊するのか?オールドタイプな経営者達の見る夢と、その夢にぶら下がる、とりまき達の生活だ。

 この構造の中にいる会社においても、本当に先見の明がある経営者は、崩壊に備えて他の業種に手を伸ばそうとしていたり、何かしら気づいているところも多いような気がする。

 そして、本当に力のあるベンチャーは、野球選手がメジャーを目指すように、シリコンバレーを目指しているのではないか?

 シリコンバレー在住で活躍する有能な日本人も、ことblog界隈では目立っているけど、そうした人たちも日本の「構造」がもたらす閉塞に嫌気がさして渡米した面もあると思う。

 何よりも、手の届かないトップだけではなくて、もっと自分達に身近な先輩達が「構造」の外に飛び出していけば、その流れはやがて社会的潮流となり、「構造」の崩壊を早めるだろう。

 この日本ではやっとそこから、梅田氏の言うような大変化が始まるような気がしている。

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