「誰のためのデジタル放送か?」および「日経ビジネス・オンラインのインタビュー記事」を読んで雑感。

 私自身はテレビをあまり見ないのだが、一部の利権を守るために税金が投入されるとしたら、それはそれでどうなの?と思うし、地デジ詐欺(知識の乏しい人に「これを買わないとテレビが見られなくなるよ!」と騙して金を取る…いかにもありそう)なんてのも確かに心配だ。
 何よりも、コンテンツの中身の価値(質的な価値だけでなくビジネス面も含めて)を高めるにはどういう仕組みが良いのか?という議論がなされないのは、経済規模だけで言えば世界第二位のこの国の議論として、なんとも寂しい。

 テレビをいつまでも惰性で見続ける人と、インターネットでこうして議論をしている人の間に、理解しあえない壁みたいなものがありそうだし。

 インターネット側にいると思っている自分としては、かくなるうえは、とことん無視or傍観させてください、という心境である。

 そう考えると、テレビほど圧倒的に世の中を席巻した「もの」が、別の新しい何かに駆逐される一部始終を見られるなんて、時代の節目に居合わせたみたいで、それはそれで何だか楽しい(切実な利害が絡む人たち、ごめんなさい)。

 傍観者としては、さらにとことんモメてもらって、次第に黒幕も表舞台に出ざるをえなくなり、ぐずぐずになっていただきたい。

 更なる、同時多発的な内部告発&問題提起に期待。

Ubuntu いままでLinuxといえばRed HatまたはFedoraを使ってたけど、Ubuntuを使ってみることにした。rootユーザなしってのに慣れるまでちょい時間かかりそうだが、インストール&設定自体は激しく簡単に終了。日本語化も日常使用には支障なし。
 さすがはLinux for Human Beings.

Ubuntu Linux Desktop Berylで遊んでみる。おもろい。けど実用上はどうでもいいような。Vistaも3D効果を採用していると聞いているが、どっちみちそこは注力ポイントではないような気もする。

 とりあえずDVD再生OK状態にできたら日常OS化に限りなく近づく。DVDは権利問題?によりCODEC&CSSのインストールがちょっとやらしい感じなので、苦労しそうだが、まあVistaにお金払うよりはいいだろうきっと。

東京都写真美術館 天野尚写真展 に行ってきた。

天野尚プロフィール(2007.4.21 シンフォレスト アーティスト情報 より)
 1954年、新潟県西蒲原郡巻町生まれ。「小さな命を愛せずして、大自然を語ることはできない」という理念のもと、水草による独自のレイアウト手法『ネイチャーアクアリウム』を提唱し、実践してきた。写真集「ガラスの中の大自然」は日本はもとより、アメリカ、ドイツ、オランダ、フランス、イタリアなどの欧米各国でも翻訳、出版され、世界のアクアリストの注目を集めている。撮影には大判カメラを使用、生命の輝きをより鮮明な描写で捉え追求している。また近年、世界三大熱帯雨林を中心とした撮影取材にも精力的に取り組んでいる。株式会社アクアデザインアマノ代表。

天野 尚写真展『佐渡-海底から原始の森へ』(2007.4.21 http://www.adana.co.jp/ より)
 日本の自然の縮図とも言える独自の自然環境を有する佐渡島。天野 尚は15年以上にわたって佐渡を訪れ、これまでほとんど知られていなかった原生林や巨大杉、絶滅に瀕している希少な山野草の姿などをとらえることができました。
 本展では、高度経済成長に伴って日本各地から失われていった自然が今も色濃く残る佐渡の風景を、大判フィルムを中心に撮影された135点の写真で紹介します。ネイチャーアクアリウムの構図のヒントにもなる佐渡の風景を、ぜひ大判写真パネルでご覧ください。

東京都写真美術館・地下1階映像展示室
4月21日(土)-5月20日(日)
10:00-18:00 ※木・金は20:00まで、入館は閉館の30分前
休館日:4月23日(月) 5月7・14日(月)
一般¥700(560)/学生¥600(480)/中学生・65歳以上¥500(400)
※( )は20名以上の団体料金及び東京都写真美術館友の会会員割引料金
※小学生以下及び障害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料
※毎月第3水曜日は65歳以上無料

 初日なんで、ご本人発見!ダンディーなおじさんです。渋いぜ。

 しかし、佐渡って、こんなに美しかったのか。
 割と北のほうだし、もうちょっと殺風景な島なのかなーなんて勝手に想像してたけど、日本の縮図っていうフレコミ通り、四季や自然が織り成す風景が美しいことこの上なし。
 特に、もやのかかったブナ林の幻想的な風景に、暫しの間、魅入ってしまった。

 でも自然の美しさを感じさせる一番の理由は、写真のすごさだろう。
 大判フィルムを使ったとのことだが、映画スクリーン並みのデカイ写真パネルに広がる自然の美しさに圧倒され、かつ近づいていってもディティールがぼやけない。しかも近くで観ると一瞬その風景の中に入り込んだような錯覚すら感じさせる。
 カメラも含めてやっぱりプロのこだわりはすさまじいものがある。しかも、シャッターチャンスを狙って極寒の空間でひたすら待ったりしてるんだろうな、きっと。

 かなりカメラがほしくなってきたんですけど。カメラは不勉強なのだが、しばらく前にデジタル一眼で遊んだことがあって、自分の持っているコンパクトデジカメとの違いをまざまざと思い知らされたこともあり、前からほしかったんだけど、今日のこの写真展を観たら更に物欲が増した。

 買いたいものが増えてきた!やばい!衝動買い時短モード突入の予感。

 会社で、むかしの雑誌「インターフェース」を見つけて、なんだか恩師に久しぶりにばったり会った気分になる。

 この雑誌はCQ出版社が出している雑誌で、基本的にはハードウェア系雑誌であるものの、当時はプログラミングに関するコアな話題も割と多くて、よく勉強に使わせてもらった。

#今よりももっとハードウェアとソフトウェアの分離がなされていない時代だった故、ソフトウェアがハードウェアの派生物のような感じで扱われていたのかも知れない。

 この「インターフェース」、特に別冊がすごかった。アルゴリズム、とか、TCP/IP、といった特定テーマについて濃い内容のものが沢山出版されていて、これがめちゃくちゃ使えたのだ。

 通信モジュール系プログラマだった自分は、ハード寄りな知識にも興味があって、「トランジスタ技術」も読み漁ったりもしていた。

 ちょうど「TRY!PC」が創刊されたあたりから、あんまりハードを直接たたくような開発が減ってきて、だんだん読む雑誌も他のものに変わっていったのだが、今振り返っても、ソフトウェア技術者としての基本知識はCQ出版社の雑誌で得たと思う。

 自分的にビミョーな評価だった「TRY!PC」は案の定、休刊したようだが、この「TRY!PC」が出たあたりがこの出版社としても混乱期だったんじゃないの?って気がする。玄人向けの出版社が、コモディティ化していくコンピュータ技術に対して、ちょっとだけ迎合しようとして失敗したような印象。

 そして自分はといえば、「OPEN DESIGN」系に移っていったり、Microsoft API系の深みにハマっていったりと、CQ出版社的なノリからは徐々に外れていって、さらにその後、管理的立場となり今に至る。そして今、再びプログラミングにハマりたい年頃。

 というわけで就職前後の7~8年は、かなりお世話になった出版社である。今でも地道に出版しつづけているみたいで、嬉しい。

Visual Studio.NETのコード・エディタは、Excelのグループ化よろしく、クラスやメソッドを+-ボタンで折りたためるようになっている。
それはそれで便利に使えればよいのだが、たまに、へなちょこプログラマの作ったソースで、メソッドの+ボタンを開くと、とんでもないダラダラソースが展開され唖然としたり。
便利になるのはいいことだ。だが便利さを己の未熟さの補完に使ってはいけない。自戒を込めて。

#SQLを直に編集せず便利なツールばかり使っているといざコアなチューニングが必要な場面で戸惑ったり

プログラムソースはテキストファイル1つ1つが、見た目も含めて、そのまままるごと作品だと思ったりしているのは、いささかこだわりが過ぎるのだろうか。