東京都写真美術館 天野尚写真展 に行ってきた。

天野尚プロフィール(2007.4.21 シンフォレスト アーティスト情報 より)
 1954年、新潟県西蒲原郡巻町生まれ。「小さな命を愛せずして、大自然を語ることはできない」という理念のもと、水草による独自のレイアウト手法『ネイチャーアクアリウム』を提唱し、実践してきた。写真集「ガラスの中の大自然」は日本はもとより、アメリカ、ドイツ、オランダ、フランス、イタリアなどの欧米各国でも翻訳、出版され、世界のアクアリストの注目を集めている。撮影には大判カメラを使用、生命の輝きをより鮮明な描写で捉え追求している。また近年、世界三大熱帯雨林を中心とした撮影取材にも精力的に取り組んでいる。株式会社アクアデザインアマノ代表。

天野 尚写真展『佐渡-海底から原始の森へ』(2007.4.21 http://www.adana.co.jp/ より)
 日本の自然の縮図とも言える独自の自然環境を有する佐渡島。天野 尚は15年以上にわたって佐渡を訪れ、これまでほとんど知られていなかった原生林や巨大杉、絶滅に瀕している希少な山野草の姿などをとらえることができました。
 本展では、高度経済成長に伴って日本各地から失われていった自然が今も色濃く残る佐渡の風景を、大判フィルムを中心に撮影された135点の写真で紹介します。ネイチャーアクアリウムの構図のヒントにもなる佐渡の風景を、ぜひ大判写真パネルでご覧ください。

東京都写真美術館・地下1階映像展示室
4月21日(土)-5月20日(日)
10:00-18:00 ※木・金は20:00まで、入館は閉館の30分前
休館日:4月23日(月) 5月7・14日(月)
一般¥700(560)/学生¥600(480)/中学生・65歳以上¥500(400)
※( )は20名以上の団体料金及び東京都写真美術館友の会会員割引料金
※小学生以下及び障害者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料
※毎月第3水曜日は65歳以上無料

 初日なんで、ご本人発見!ダンディーなおじさんです。渋いぜ。

 しかし、佐渡って、こんなに美しかったのか。
 割と北のほうだし、もうちょっと殺風景な島なのかなーなんて勝手に想像してたけど、日本の縮図っていうフレコミ通り、四季や自然が織り成す風景が美しいことこの上なし。
 特に、もやのかかったブナ林の幻想的な風景に、暫しの間、魅入ってしまった。

 でも自然の美しさを感じさせる一番の理由は、写真のすごさだろう。
 大判フィルムを使ったとのことだが、映画スクリーン並みのデカイ写真パネルに広がる自然の美しさに圧倒され、かつ近づいていってもディティールがぼやけない。しかも近くで観ると一瞬その風景の中に入り込んだような錯覚すら感じさせる。
 カメラも含めてやっぱりプロのこだわりはすさまじいものがある。しかも、シャッターチャンスを狙って極寒の空間でひたすら待ったりしてるんだろうな、きっと。

 かなりカメラがほしくなってきたんですけど。カメラは不勉強なのだが、しばらく前にデジタル一眼で遊んだことがあって、自分の持っているコンパクトデジカメとの違いをまざまざと思い知らされたこともあり、前からほしかったんだけど、今日のこの写真展を観たら更に物欲が増した。

 買いたいものが増えてきた!やばい!衝動買い時短モード突入の予感。

 会社で、むかしの雑誌「インターフェース」を見つけて、なんだか恩師に久しぶりにばったり会った気分になる。

 この雑誌はCQ出版社が出している雑誌で、基本的にはハードウェア系雑誌であるものの、当時はプログラミングに関するコアな話題も割と多くて、よく勉強に使わせてもらった。

#今よりももっとハードウェアとソフトウェアの分離がなされていない時代だった故、ソフトウェアがハードウェアの派生物のような感じで扱われていたのかも知れない。

 この「インターフェース」、特に別冊がすごかった。アルゴリズム、とか、TCP/IP、といった特定テーマについて濃い内容のものが沢山出版されていて、これがめちゃくちゃ使えたのだ。

 通信モジュール系プログラマだった自分は、ハード寄りな知識にも興味があって、「トランジスタ技術」も読み漁ったりもしていた。

 ちょうど「TRY!PC」が創刊されたあたりから、あんまりハードを直接たたくような開発が減ってきて、だんだん読む雑誌も他のものに変わっていったのだが、今振り返っても、ソフトウェア技術者としての基本知識はCQ出版社の雑誌で得たと思う。

 自分的にビミョーな評価だった「TRY!PC」は案の定、休刊したようだが、この「TRY!PC」が出たあたりがこの出版社としても混乱期だったんじゃないの?って気がする。玄人向けの出版社が、コモディティ化していくコンピュータ技術に対して、ちょっとだけ迎合しようとして失敗したような印象。

 そして自分はといえば、「OPEN DESIGN」系に移っていったり、Microsoft API系の深みにハマっていったりと、CQ出版社的なノリからは徐々に外れていって、さらにその後、管理的立場となり今に至る。そして今、再びプログラミングにハマりたい年頃。

 というわけで就職前後の7~8年は、かなりお世話になった出版社である。今でも地道に出版しつづけているみたいで、嬉しい。

Visual Studio.NETのコード・エディタは、Excelのグループ化よろしく、クラスやメソッドを+-ボタンで折りたためるようになっている。
それはそれで便利に使えればよいのだが、たまに、へなちょこプログラマの作ったソースで、メソッドの+ボタンを開くと、とんでもないダラダラソースが展開され唖然としたり。
便利になるのはいいことだ。だが便利さを己の未熟さの補完に使ってはいけない。自戒を込めて。

#SQLを直に編集せず便利なツールばかり使っているといざコアなチューニングが必要な場面で戸惑ったり

プログラムソースはテキストファイル1つ1つが、見た目も含めて、そのまままるごと作品だと思ったりしているのは、いささかこだわりが過ぎるのだろうか。

 「ジェイコムショックを引き起こしたコードのバグが法廷に登場」なんて記事を読んで、法廷に提出されるソースコードと、その取り扱いに興味シンシンながら、415億円の損害賠償訴訟の争点がバグ1つなんて、恐ろしすぎる!という恐怖感が先行。

#実際には、他にも争点はあると思うが

 引用元記事のコメント欄に書かれている意見にもあったが、書いたプログラマ個人に責任が負わされる可能性は少ないと思う。
 けど、このバグを作りこんでしまった技術者はソートー凹んでるだろうなあ。

 近頃、個人情報保護やら何やら盛り上がりすぎていることも影響して、昨今、このような損害に関する契約条件はどっちかというと「無限責任」的な方向へ進んでいるような気がしている。

#そしてその個人情報保護の盛り上がりは、我々システム屋がマッチポンプ的に煽ってしまったことも要因と思う。J-SOXにしろ、数年後にはY2Kよろしく、「システム屋の煽りに騙された!こんな高いシステム買わせやがって!金返せ!」みたいな声が広がる懸念を感じたりもする)

 もちろん作り逃げや実力不足などの、酷いシステム開発会社が存在している事実もある。

 しかしあまりに契約条件がユーザ本位に偏りすぎると、受託ソフトウェア開発なんてリスクの高い商売やってられまへん!となり、かえって業界の衰退が促進されてしまう気がしている今日この頃。

 しかし、実際に情報漏えいやバグで実害を受けるユーザ企業の立場を考えれば、賠償責任は当然だろ!という意見も否定は出来ない。

 そこでアイデアなんですけど…ソフトウェアのバグによる損害を補填する保険商品(市場)は開発できないものだろうか?

 うまくシステム設計すれば、契約条件(作業条件)の厳格化、リスクの第三者評価、いざ損害が起きた場合の金銭的補填、などに寄与するのではないかと思ったりする。

 もちろん、ソフトウェアという、中身の質も仕事の質も極めて見えづらい代物に対して、実現性があるのかどうかカナリ検討の余地はあるだろうけど!

バブル的盛り上がりを見せていたTwitterだが、案の定ダウンした。
(404ページのフォトは開発者の飼い猫だろうか?)

仮に共感を呼ぶアイデアをサービスとして具現化したとして、次の試練(ユーザ数爆発、そしてパフォーマンス低下、そしてダウン)がこれなんだろうなあ。

特にTwitterみたいなものだと読み込みだけでなく書き込みも頻繁に起こるだろうから、おそらく小さいデータとは言え負荷は高そうだ。

復活を待つ!HDDクラッシュとかだったりしないことを祈る。