公式HP | Wikipedia | 旧作Wikipedia | IMDb
 やっと鑑賞。
 前作は1982年公開なので続編と言うにはあまりにも時間が経過しすぎている本作、前作のBlu-rayで復習予習してから鑑賞しようとしていたがその余力なく、ぶっつけでの鑑賞となった。

 感想は、もう少し尺が短ければ。それ以外も満足とは言えないが全てがマイナス評価でもない。しかし、まったくの新規ファン獲得は、やはりちょっと難しいかもな、といったところである。

 やはり映画というのは、観る側の集中力の限界というのもあり2時間±せいぜい15分くらいが適当であって、それを大きく超える長さにするときはよほど観客を魅了し続ける確信がないとやってはいけないものだと、改めて感じた。

 制作陣は「思ったより客層が拡がらなかった」と漏らしているらしいが、だってアナタ、前作を観ないと分からない設定を前提としている以上、前作を直前に全米無料再上映くらいしないと客層は拡がらないでしょ。
 じっさい北米の興行成績でも、観客は年配男性が多かったそうなので、まあそういう映画でしょうな。

 見た目や行動様式の類似性のみならず、傷つけば血も流す疑似人間(レプリカント)と、本物の人間の違いは何なんだ、っていうSFでは古典的な題材のひとつとも言えるテーマを、前作の雰囲気や地続き感を損なわずに上手いこと料理したという点では良作と思うのだが、いかんせん、しつこいようだが2時間44分は長すぎる。
 主要登場人物の半分はレプリカントであること、舞台が「地球外に住む富裕層から半ば見放された地上世界」であることなどから、俳優陣は淡々とした、乾いた演技になりがち。また前作同様、ハリウッドアクション的な派手な演出はごく少なめ。ストーリーは良く出来ているもののシンプルで、二転三転したり敵味方が入り乱れたりという目まぐるしさもなし。
 NHKドキュメンタリー番組を観ているかのような、何とも贅沢な時間の流れを全編通じて感じるのである。

 アーティスト的には撮りたかった画ばかりなんだろうけど、どうせなら前作にならって、上映映画としてはカットできるところはカットして、別途Blu-rayなどで「完全版」を売るとかさ。どちらにせよ円盤まで買うのはマニアなので、ブックレットとか設定資料とかつけてがっつり制作費の一部を回収できる価格設定すれば良かったのにと思う。

 俳優陣の演技はというと、率直に言って可もなく不可もなくだったのだが、強いてあげるなら、Luv役のシルヴィア・フークスが「造られたモノっぽさ」をほどよく表現していて良かったのと、Joi役のアナ・デ・アルマスのこれまた造られたベタベタな男好きする感じが良かったなと。
 それにしてもハリソン・フォードの要介護っぷりは、スター・ウォーズEp.7での扱いに続き、彼を鏡に自分自身の加齢をも痛感し、寂しい。世代的には仕方がないのだが。

 日本人ファンとしては、前作で半ば伝説化した意味不明台詞「ふたつで十分ですよ」をパロった演出がほしかった一方で、今作の日本語シーン(データ検索するときのボイスメッセージ)が関西訛りっぽくて面白かった。

 本作は、突拍子もない行動とか、ウィットでユーモアに富んだ会話とか、進行上はどうでも良いが画の中で気づくと面白みを感じる小物とか、そうした要素は割と少ない。現状の「断捨離」具合もハードSF映画っぽさがあって嫌いではないが、多めに分かりやすく配置されていたほうが受けは良かっただろうなと思う。
 これはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の作風なのかも知れないが、画も演出も無機質的かつ無音的である。特にシーンをつなぐ「間」の取り方が独特で、キーワードとしては「アンビエント」とか「禅」や「ワビサビ」という言葉さえ浮かぶ。
 監督は「断捨離を極めたミニマリストで、テーブルと椅子しかない部屋で環境音楽を聴きながら瞑想にふける」ような人なのではないかとさえ感じる(あくまで自分の勝手な想像である)。そう思い込むと、凡人とは違う時間軸であっても不思議ではないかもな。

 終わり方については、虚脱感があって、自分としては好きだ。大団円的なのが好きな人には?マークがたくさんつくでしょうな。

 つまるところ、まとめると「前作ファン向け」であり「ヴィルヌーヴ監督の常連さん優遇」で「映像美」と「間」を楽しむ映画である。
 ある意味、最低限ポイントは抑えていると言えるのかも知れないが。